土谷さんメール新聞     第2号
                  2000年2月6日発行
(1)全国の地名
 第2号のメール新聞では、全国の「土谷」という地名についてまとめて
みました。同じ場所を指していると思われるのに、地図によって読みが
異なる場合などもあり、「つちや」という読み以外のものも集めてみました。
検索は、アボック社の「地図で見る『日本地名索引』」というパソコン
ソフトを利用し、地図及び情報はそのソフトからの転載です。また、旧村名
などは、角川書店の地名辞典などで調べたものです。

■北海道幌加内町:土谷の沢川(つちやのさわがわ)
■岩手県岩手郡葛巻町:土谷川(つちやがわ)
■(旧)岩手縣原體郡土谷村:(つちや)現在の江刺市田原の辺り。
■(旧)秋田縣由利郡土谷村:現在の本庄市土谷(つちや)。
■宮城県丸森町:土谷場(とやば)
■千葉県柏市(取手付近):土谷(つちや)、土谷津(つちやづ)
■群馬県甘楽郡下仁田町青倉:土谷沢(つちやざわ)
■(旧)長野縣北安曇郡土谷村:土谷(つちたに)、土谷(つちや)、
  土谷川(つちたりがわ)/現在の同郡小谷(おたり)村中小谷、
  又は中土の辺り。
■岐阜県宮川村:土谷(どたに)
■石川県河南村:土谷(つちたに)
■鳥取県青谷町:土谷川(つちたにがわ)
■岡山県柵原町:土谷(とたに)
■愛媛県温泉郡川内町(川上付近):土谷(つちたに)
   現地の人は「つちや」と呼ぶようです。
■長崎県福島町(唐津市):土谷(とや)、土谷(どくや)
以上の地名については、以下のページに地図と詳細情報をアップしています。
  http://tsuchiya.com/zenkoku/sinbun/chimeidata.html

以下の2点については、他の資料で確認しました。
■山形県鶴岡市八ツ興屋:土谷俣(とやまた)
■大分県大野郡三重町小田:(旧)小津留村土谷(つちや)
    (三重町誌/460ページ(溜池一覧))
 地名と姓との関係は、単純ではありませんが、相模国土屋村に住んだ中村
氏族の子孫が「土屋」を名乗るなど、住んだ場所を姓として代々継いでいく
場合や、逆に先祖の出身地の名称を取って姓とする場合などがあります。
全国の土谷さんの中には、近くの地名に由来して付けられた場合もあった
ことでしょう。そしてその場合に、地名の読み方は別のものであっても、
「土谷」という漢字を地名から取り、「つちや」と読むようにした場合も
あったかもしれません。それぞれの地域の土谷さんの相互のつながりや歴史
などがわかってくると、地名との関連も見えてくるのではないかと思って
います。

(2)各都道府県の土谷さん
 これから何回かに渡って、地名についての考察などを織り交ぜながら、
都道府県別に土谷さん情報を紹介していきたいと思っています。今回は、
北海道についての情報です。

【北海道】
■土谷の沢川(つちやのさわがわ:幌加内町)
 この名前がいつごろどういう由来で付けられたのかについては、今後の
調査を待たないといけませんが、もし、北海道開拓移民の人たちが入植した
後の時代に付けられた名前ならば、他の地域の土谷さんという名前か、土谷
という地名に由来するものかも知れません。以下、北海道と土谷家との
つながりについて入手しているいくつかの情報を紹介します。

○北海道開拓記念館
 大分県にお住まいのMさんからお寄せいただいた情報では、札幌市の北海道
開拓記念館の中に、旧土谷家という開拓初期(1883年当時)の家を移築
復元したものがあったということです。北海道にお住まいのTさんからの情報
で、先祖は群馬県甘楽郡下仁田町青倉(かんらぐんしもにたまちあおくら)
から明治28年(1896)に北海道の浜益村(はまますむら)に移住して
こられた、というのがあります。札幌に移築され、展示されている旧土谷家
の建物が浜益村のものかどうかはわかりませんが、時期的にも距離的にも
それほど離れていないこともあり、関係が深いのではないかと思わずにいら
れません。展示されている家が北海道のどの地区のものかなど、ご存じの
かたがありましたら、情報をお寄せいただきたいと思います。
 Tさんの家では家紋として「違い鷹の羽」をお使いだということで、群馬県
青倉の土谷さん集落(現在、青倉土谷沢の桑本というところに20数軒あり
ます)でも同じ家紋を使っていると考えられますが、確認できていません。
また、山口県熊毛郡田布施町の土谷さんもこの家紋をお使いです。大分県
西国東地方でもいくつかの土谷家で使われており、この地の桃山時代の古文書
にも「幕紋」として「左違鷹羽」および「梅の花」と記されています(第1号
の土谷又四郎による「送状」の末尾参照)。
 札幌市にお住まいのHさんからの情報では、先祖が新潟県から来られ、
お父さんが寿都町(すっつちょう)の出身だそうです。帯広にお住まいの
Fさんからの情報では、先祖は秋田から北海道に来られたそうです。
そして、秋田の前に佐渡におられたという説もあるそうです。遠戚が札幌市、
函館市におられるそうです。
 山口県熊毛郡田布施町に土谷さんの集落(9軒)がありますが、明治時代
初期にこの地域から北海道に移住した土谷さんがおられたそうで、数年前に
田布施町の一人の土谷さん宅に北海道の土谷さんから先祖のことを探している
という電話をいただいたことがあったそうです。北海道のどこからかはわかり
ません。
 北海道には、電話帳ソフトでの検索の結果、574件の土谷さんがおられ
ます。世帯数もほぼ同じだと考えて構わないと思います。この件数は都道府
県別で見ると全国で一番多く、近代になって多くの土谷さんが各地から移住
していったと思われる結果です。実際にお寄せいただいている情報からも、
秋田、新潟、群馬、山口、大分、などの県から移住されたことがわかります。
移住されたかたの中には先祖の記録を持っていかれたかたもあるかも知れず、
思いがけない史料が発見される可能性も大きいと考えています。
 以下に、土谷の沢川、浜益村、寿都町、の位置関係を地図上に表示します。
また、各市町村ごとの軒数(電話帳による)の分布を示しています。赤く塗
られた地域は札幌市(154軒)と函館市(71軒)です。
  http://tsuchiya.com/zenkoku/sinbun/hokkaidobunp.html

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【次号予告】
 家紋について、及び秋田県、岩手県を中心に、東北地方の土谷さんに
ついてまとめる予定です。東北地方については、手元の情報が少なく、
みなさまからの情報をお待ちしています。
  第3号

【お知らせ】
 前回、第1号をお送りした後に、電子メール、FAX、郵便などで、
各地のかたがたから励ましのお便りをいただきました。どうもありがとう
ございました。
 土谷さんメール新聞の第1号は、電子メールで29名、プリントアウト
して郵送で8名の土谷さんにお送りしました。他に、土谷さん以外のお名前の
かたで調査にご協力いただいているかたなど10名にもお送りしています。
合計で47名のかたに送っていることになります。第2号も同じ人数に
お送りすることになります。
 今のところ、私はこれら47名の方々への送付先を一覧として持っている
わけですが、より効果的に情報収集を進めるためにも、相互に情報交換したり
交流したりする場を持つようにしたいと考え、メーリングリストなども検討
しています。しかし、中にはメールを使えないかたもおられますし、メール
アドレスや住所などが広く知られることを気にされるかたもおられるかと
思いますので、どのような方法がよいか思案中です。特に、住所録を作る
ことについては、私自身、躊躇しています。
 とりあえず、ご自分のメールアドレスとお名前を他の購読者のかたにも
知らせて構わないというかたは、その旨連絡をいただけませんでしょうか?
また、郵便で受け取られているかたで、住所とお名前を他の購読者のかたに
知らせても構わないというかたも、同様にお知らせ願えないでしょうか?
よろしくお願いします。

連絡先:
 〒807−1264 北九州市八幡西区星ヶ丘2−14−13
   電話・FAX:093−617−1774
   電子メール :shige@tsuchiya.com

2000.2.6   土谷重幸

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土谷重幸:mailto:shige@tsuchiya.com  http://www.tsuchiya.com/